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生姜の歴史とは!?

生姜は食用として、漢方として古くから歴史がありそうですが、実はその原産地には諸説あり、まだはっきりとしていません。また、日本で薬味として定着したのも江戸時代で、意外と歴史が浅いことも驚きです。

歴史には諸説ありますが、古来ヨーロッパの東側に伝わった生姜は貴重なスパイスとして取引され、コショウとともに高価なものとして扱われました。一方東側のアジアににおいて生姜は漢方薬などとして重宝され、孔子の書にも記述が残されています。

・生姜の起源
・生姜にまつわるエピソード

今回は生姜の起源やそれにまつわるエピソードについてお話ししたいと思います。

 生姜の起源

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今でこそ日本の家庭料理などではおなじみの生姜ですが、原産は諸説あり、インド南西部からマレー半島にかけてのアジア南部で様々な地域が上がっています。

これには理由があり、野生の生姜が確認されたことが無いために長年原産地が不明だからです。このことからはるか昔より生姜が栽培されていたと言うことだけは確認されています。ちなみに生姜(ginger)の名前の由来はサンスクリット語の生姜のペルシア語訳(dzungebir)が語源とされているのが有力説です。

インドでは紀元前300~500年前には既に医療薬や保存食として人々には広まっており、中国の孔子の食生活の記述に生姜の名前が確認されています。紀元前650年頃には既に食用とされていたという記述もあり、ヨーロッパには紀元1世紀頃には伝わったとされていますが、詳しいことは未だに不確かなままです。
ヨーロッパでは気候の問題もあり、栽培が難しく主に生薬利用されていたそうです。

中国では紀元前500年頃の四川省が産地とされており、日本には中国から2~3世紀頃に伝わっていて、奈良時代には栽培も始まっていました。古事記にもそのことが記載されています。

中世ヨーロッパでは生姜は価値のあるものとされており、コショウと肩を並べるくらいの高価なものとして認識されていました。14世紀のイギリスでは生姜1ポンドは羊一頭分の価値で取引されていたと言われています。

あのマルコ・ポーロが中国で生姜を見たのがヨーロッパ人として初だったとの記録もあります。15世紀末に新大陸が発見されると生姜が持ち込まれ、16世紀半ば頃の西インド諸島では生姜の生産地となっていたそうです。

 生姜にまつわるエピソード

ginger7生姜の長い歴史の中で様々なエピソードがありますので、その一部をご紹介します。

16世紀のイギリスではペストが流行したことがあり、ペストによってロンドン市民の約3割が死亡したとされています。この時期に生姜を食べていた人たちは死ななかったと言われ、英国王のヘンリー8世はロンドン市長を通してロンドン市民には生姜を食べることを強く推奨したと言う逸話があります。

他にもこのようなエピソードがあります。江戸幕府の12代将軍の徳川家慶にまつわるお話です。天保の改革が始まり、江戸から農民が消えかけた頃、ある日の食事に焼魚が出されました。家慶は生姜が大好物だったようで、焼き魚の付け合わせの生姜を楽しみにしていました。

ところが、出された焼き魚に生姜乗っておらず、これに不満を言った家慶に家臣はこう答えたのでした。「天保の改革による節約のために生姜を省いた」と。これに対して家慶は相当腹を立てたと言われています。ちなみに父である第11代将軍の徳川家斉も生姜が好きだったそうです。

このように生姜の効果効能からくるエピソードや、クスっと笑ってしまうエピソードなどが歴史上で様々存在しています。


今回の生姜の歴史のお話はいかがだったでしょうか?

・原産地は諸説あるがインド南西部からマレー半島にかけてのアジア南部がと言われている
・漢方として重宝されれうだけでなく、スパイスとしても高価に取引されていた
・ロンドンでペストが流行した時に、市長が予防として生姜を推奨した

生姜の原産地は詳しいことはよく解っていませんが、東南アジアの熱帯雨林ともインドの海岸付近の国とも言われています。様々な国を経ることで生姜の用途や歴史などが作られていったのは実に興味深い話ですよね。


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